負けず嫌い と 自己承認欲求
やってみせ
言って聞かせて
させてみて
ほめてやらねば
人は動かじ
山本五十六 の言葉。
いいこといいますね
人に言われて気づいたんですが、どうやら僕は
負けず嫌い
なようです。
別に他人と比較されても、負けても全く気にしません。
だって、日本人が他人にそういうこと言う時って、糞くだらない範囲の個人内の認識で言ってるだけだからです。
幼稚過ぎて、相手にもしません。そういう時はヘラヘラ笑って、そうですねー。と言って終わりです。
だって、こっちに対して何も響かないもの。
自分の何が悪くて、相手の何が良くて、どういう判断基準を持って発言したか。
この程度の小学生でも分かるレベルのことを置いといて他人に発言してくるんですから、
失笑ものです。
だから、他人との比較は心底どうでもいいんです。
ただ、自分が価値観に基づいてコレ。と定めたものに対しては妥協はしません。
自分の場合は、プログラミングだったり、ITの知識だったり、この先のキャリアへの拘りだったり。
自分がやりたいこと。に対して、できない。のが非常にムカつくんですね。
要するに、怒る対象が自分なわけです。
さて、これと矛盾するのですが、
自分はどうやら自己承認欲求も強い傾向にあるようです。
どうしても、社会から受けた仕打ちにムカついて、少し愚痴が出ます。
会話の中で脱線する程度のレベルでマシにはなったのですが、
それでも愚痴が出るのはよろしくない。
10ある内を0では無く1~5程度に抑えられないかな~。という話です。
昔、アルバイト先で仕事が出来なかったのでネガティブな発言をして怒られた事がありました。
要するに、自分の苦しみを誰かにわかって貰いたい。共有したい。という欲求が暴走していたようです。
負けず嫌い になるスイッチが「できない」だと
そりゃ自己承認欲求も下がるわ。
ストレスを感じる。ということは、交感神経があがる。
よって、休めず、眠れない。という自体に陥りますね。
解決するには、「できるようになる」
まぁ、この辺まで来ると方法論だったり、環境だったりが関わってきますが。
一番手っ取り早いのは、
これまでで何を得てきたのか、自分のできることを振り返ってみること。
何かを作ってみて、人からフィードバックを貰うこと。
なんかではないでしょうか。
これは、現実的にどうこうしようという話ではなくて、精神・メンタル的な側面の話です。
そういえば、人と話すときに自分の性格や考えを伝えすぎるときが有るんですが、
これも承認欲求の現れなのでしょう
自己承認が一番てっとり早いね。
人間が一番パフォーマンスを発揮できるのは目の前の事に対して、一点集中できるときです。
先の事を考えてしまう際は、こうなったときに、こうする。
といった対策を考えてしまう。という方法を取っています。
ただ、まだまだ未熟なのか人に対して自分の都合を押し付けるのが凄い苦手。
どうでもいい人間に対しては冷徹になれるんですが、仕事でお世話になったりした相手には強く言えない、はっきり言えない、自分の都合を押せない。
そういう側面はあります。
ただ、これってあくまで自分の主観的な話なんですよねー。
相手から見てどうこうでは無く。
だから、僕の場合は気楽に考えた方がいいんでしょう。
自分が認識しているよりも社会は理不尽と不合理で動いてるもんですしね。
せめて、其の中では相手や周囲に対して誠実でありたいものです。