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文章の特性について

個人的に考える文章の特性とは、再現性である。と考えている。

 

また、人間が文章を処理する・思考する際は基本的に一筋の流れであり直列的だと感じる。

要するに人間は分岐的・並列的に思考するのに向いていないのだ。

並列処理は不可能ではないのだが、一つに集中したほうがパフォーマンスが高まり結果的に作業効率は高くなる。

 

私自身がプログラミングをするので感じるのだが、プログラミングは変数で記憶し、ループ処理も得意だ。

書式は適当だが

for (int i = 0; i < 3; i++)

{

    for(int j = 0; j < 2; i++)

  Console.write(i);

      Console.write(j);

}

と書けば、3×2で6回のループ処理をしてくれる。

 

人間の脳はこういう処理が非常に苦手だ。また、分岐的に思考するというのも頭の中だけでは非常に厳しい。

一定の情報を覚えておき、処理を連続させる・分岐的な処理をするのはPCの得意領域だ。

 

言語的な面から見て少なくとも日本語の文法・形態であれば

情報の記憶=項目的に列挙

 必要に応じて繰り返し一文ずつ読む

  記述する際も、段落的に分け再現しやすい情報にまとめる

 

といった工夫必要になるだろう。

忘れないで頂きたいのがこの考え方は文学的な文章を書くための思考法ではなく、人間の生理学的な処理に基づいて自分の書く文章の再現性・伝達性を高める為の思考法である

 

蛇足だが人間は思考する時は言葉で考える。

個人的な感覚ではあるのだが考える時は英語の方が心地よい。

理由は文法のルールが明確で言語のイメージが非常にしやすいためだ。

 

加えて、最近英語を取り敢えず勉強する人間・話す人間は増えているようではあるが話せるのと内容のある話ができるのは別問題である。

英語が話せようが、書けようが土台にある思考方法や日本語に対する教養がなければ活用するのは難しいと考えている。

喋れる・書ける。という能力は素晴らしいし、其のための努力は認めるのだが、結局は知識や経験などの中身がなければ意味がないと考える。